枕草子(第1段~第37段)




春はあけぼの(第1段)

【冒頭部】
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく

【現代語訳】
春はあけぼの(がいい)。だんだん白くなっていく、その山ぎわ、それが少しあかるくなって、紫がかった雲が細くたなびいている、(それがいい)。
夏は夜(がいい)。月のあかるいころはもちろんのこと、たとえそれが闇のころであってもやはり、ほたるがたくさん飛びちがっているの(がいい)。また、ただ一つ二つなどと、ほのかに光って飛んでいくのも趣が深い。雨などが降るのもいい。
秋は夕暮れ(がいい)。夕日がさして山の端にたいへん近くなっているころに、からすがねぐらに行こうとして、三つ四つ、二つ三つなどと飛び急ぐ、そんなのまでしみじみとしていい。まして雁などの連なっているのが、たいへん小さく見えるのは、非常に趣が深い。太陽がすっかり沈みきって、今度は耳に聞こえてくる風の音とか、虫の音など、またいうまでもないことである。
冬は早朝(がいい)。雪の降っている朝はいうまでもないことで、霜がたいへん白い朝も、またそうではなくても、非常に寒い朝に、火などを急ぎおこして、炭を持ってあちこち運ぶのもたいへん似つかわしい。昼ごろになって、だんだん寒気がゆるんでくると、火桶の火も白い灰がちになってよくない。

【語句】
あけぼの・・・ほのぼのと明けゆくころ
やうやう・・・だんだん
なリゆく・・・なっていく
山ぎは・・・山に接している空の部分
あかりて・・・明るくなって
むらさきだちたる・・・紫がかっている
たなびきたる・・・たなびいているのがいい
さらなり・・・いうまでもない
やみもなほ・・・たとえその夜が闇の夜であってもやはり
雨など隆るもをかし・・・雨など降る夜も興趣がある
山の端いと近うなりたるに・・・夕日が山の端に大変近くなっているころに
寝どころ・・・ねぐら
雁などのつらねたるが・・・雁などの列をなしで飛んでいるのが
はたいふべきにあらず・・・またいうまでもない
つとめて・・・早朝
またさらでも・・・またそうでなくても
つきづきし・・・似つかわしい。ふさわしい。
ぬるくゆるびもていけば・・・寒さが、だんだんゆるみ、暖かくなっていくと
火桶・・・持ち運びできる丸い火鉢





大進生昌が家に(第8段)~大進生昌が家に~

【冒頭部】
大進生昌が家にが家に、宮のいでさせたまふに、

【現代語訳】
大進生昌の家に、中宮様がお出ましになる(という)ので、東の門は四足門に改造して、そこから乗り物はおはいりになる。(また、)北の門から、(わたくしたち)女房の車などもまた、門を警護する武士もいないゆえ(そこから)はいろうと思って、髪のかたちのよくない人も、たいして手入れもせず、車は直接(邸まで)乗り寄せて、下りられるはずだと思い油断していたところ、檳榔毛の車などは、門が小さいので、つかえて入ることができないので、いつものように、筵道を敷いて下りたが、(あてもはずれて)ほんとににくらしく腹立たしいが、なんともしかたがない。殿上人や地下の連中までも、陣にずらりとならんで、(自分たちを)見ているのも、まことに腹が立つ。
(やがて、)中宮様のお前に参って、さきほどのことの次第を申しあげたところ、「このようなところでも人が見まいとは限らないでしょう。どうしてそんなに気をゆるしたのです」とお笑いになる。「でも、わたしたち女房同士のとりつくろわぬ姿は、つねのことで見なれておりますゆえ、あまりりっぱにとりつくろいお化粧でもしましたなら、かえって驚く人もございましょう」(と申しあげ)、「それにしても、これほどの(人の)家に車の入らぬ門をつけておくということがあるものですか。生昌が見えたら笑ってやりましょう」などと話しているおりもおり、(生昌が)「これを中宮様にさしあげて下さい」といって果物など盛った御硯(の蓋)を簾の中へさし入れた。「まあ、ほんとに人がわるくいらっしゃる。なぜ、その門をまた、せまく造って住んでいらっしゃるのですか」というと、(生昌は)笑いながら、「家相応、身分相応にしているのです」と答える。「でも、門だけを高く造った人もありましたわね」というと、「これは、恐れ入りました」とびっくりして、「それは于定国の故事ですな。年功をつんだ文章生などではございませんと、とうてい存じているはずのことでありませんな。わたくしはたまたまこの道にたずさわっておりましたので、やっとこれだけ承知しているのです」という。「(しかし)そうおっしゃる御道もたいしてすぐれてはいらっしゃらぬようですね。(せっかく)筵道を敷いたけれども、みなぬかるみへ落ちこんで大さわぎをしましたわ」というと、「雨が降りましたから、なるほどそうだったかもしれませぬ。いやいや、(まいりました、)また何か難題でも出されたら困る、このへんで、退散しましょう」といって退出した。(中宮様が)「どうしたの(ですか)。生昌がひどく恐縮していたが」とおたずねになる。「いいえ、何でもございません。車の入らなかったことを申したのです」と申し上げて、(自分の局へ)下がった。

【語句】
入りなむ・・・きっと入るだろう。
さはりて・・・つかえて。「さはる」は、障る。障害となる意。
ありつる・・・さきほどの。
目馴れにて・・・見なれて。
参らせたまへ・・・さし上げて下さい。
いで・・・いやもう。いやいや。
ありける・・・あったことだよ。
かうだに・・・せめてこれだけでも。
よしよし・・・もうよろしい。もう結構。
あらず・・・いいえ。
おりたり・・・局に退出した。





大進生昌が家に(第8段)~おなじ局に住む若き人々などして~

【冒頭部】
おなじ局に住む若き人々などして、よろづのことも知らず、

【現代語訳】
おなじ局に生活している若い女房たちと一緒に、なにもかもわからず、ねむたいので、みんな寝てしまった。東の対屋の西の廂で、北にかけて続いている部屋であったが、北のふすまにかけがねもなかったのを、それを調べもせず(寝てしまった)。(生昌は)この家の主人であるから、家のようすをよく知っていて、(そこを)あけてしまった。妙にしわがれた大きな声で、「おそばに参上しようと思うが、それはどうでしょうか、どうでしょうか」と、何回も言う声で目をさまして見ると、几帳のうしろに立てた燈台の光は、むき出しで(生昌のいる所を)照らしている。障子を五寸ほどあけていうのであった。たいへんにおかしい。まったく、このような色っぽいふるまいを、ゆめにもしない(人な)のに、自分の家に(中宮様の一行が)おいでになったこととて、ひどく自分勝手なことをするようである、と思うにつけても、たいへんおかしい。かたわらに(寝て)いる人を起こして、「あれをご覧なさい。あんな見たこともない者がいるようだよ」というと、(その人も)頭をあげて見やって、たいそう笑う。「あれは誰か、まる見えですよ」というと、「いや、あやしい者ではありません。この家の主人であるわたくしと、相談決定いたしますべきことがございますのです」というので、「門のことについては申し上げましたが、ふすまをおあけ下さいとは申しませんでした」と言うと、「やはり、そのことについても申し上げたい。そこに参りますのは、どうでしょうか、どうでしょうか」と言うので、「まったくみっともないこと。けっしておいでになってはいけません」といって笑うようすなので、「若い女房がたがおいででしたね」と言って、ふすまをしめて去っていく、そののちに、大笑いして、あけて入ろうというのならば、そのまま入ってしまえばいいのに、案内をこうたならば、よいとは、だれがいいましょうと(思われ)、ほんとうに滑稽に感ずる。
翌朝、中宮様のもとに参って申し上げると、「そんな(色っぽい)ことをするとも聞いていなかったのに。昨夜の(門の)話に感心して行ったのでしょう。ああ、彼をはたで見て見苦しいほどにやっつけたというのこそ、気の毒です」といって、お笑いになる。

【語句】
尋ねず・・・調べもしない。
案内・・・家の中のようす。事情。
おどろきて・・・目をさまして。
さらに・・・まったく。
むげに・・・まったく。むやみと。
あめるは・・・いるようだよ。
たそ・・・だれか。
顕證に・・・まる見えで。
あらず・・・いいえ。
よかなり・・・よろしい。
よべのこと・・・昨夜のこと。
はしたなう・・・外聞が悪いほどに。





大進生昌が家に(第8段)~姫宮の御方わらはべの装束~

【冒頭部】
姫宮の御方のわらはべの装束、つかうまつるべきよし

【現代語訳】
(中宮様が)姫宮様のおつきの童女たちの装束をしたてるようにと、仰せになったところ、(生昌が)「この袙のうわおそいは何色につくったものでしょうか」と申しあげるのを、(女房たちが)また笑うのももっともである。(生昌が)「姫宮様の御膳は、ふつうのものでは、大きすぎて見苦しいでございましょう。ちうせい折敷、ちうせい高坏などがよろしゅうございましょう」と申しあげるのを、(女房の一人が、)「そのちうせいものでこそ、うはおそひを着た童女も、(お前に)まいりやすいでしょうね」というのを、(中宮様は)やはり「世間一般の人とおなじように、生昌をそのようにからかって笑ってはなりませぬ。まことにまじめいっぽうであるのに」と、気の毒がられるのもおもしろい。

【語句】
ことわりなり・・・もっともである。当然である。
御前の物・・・お膳。
ちうせい・・・小さい。
さてこそは・・・それでこそ。
例の人・・・世間のふつうの人。
これな・・・この男をまあ。
きんこうなる・・・実直な、きまじめな。「謹厚」だという。





大進生昌が家に(第8段)~中間なるをりに~

【冒頭部】
中間なるをりに、「大進、まづ物聞こえむとあり」といふを

【現代語訳】
中途半端な時、「大進(生昌)が、ともあれお話し申し上げたいと言っています」と(わたしに取りつぎの女房が)言って来たのを(中宮様が)聞こしめされて、「また、どんなことをいって笑われようというのであろう」と仰せられるのも、またおもしろい。「行って聞きなさい」とおっしゃるので、わざわざ出てあうと、「先夜の門の一件を、兄の中納言に話しましたところ、たいへん感心いたされまして、『どうかして、適当な機会にゆっくりとお目にかかって、お話を申しあげ、またいろいろお聞きしたいものだ』と申されていました」と言って、ほかに何の用事もない。先夜(部屋へ忍んで来たとき)のことを言おうかと、どきどきしたが、「いずれゆっくりお部屋におうかがいいたしましょう」と言ってさがったので、お前へ帰りまいったところ「さて何事であったか」と仰せられるので、生昌が申したことを、これこれと申しあげたところ、(かたわらの女房が)「わざわざ案内を求めて、よびださねばならぬほどの大事ではありませんね。たまたま何かのおり、端に居る時、あるいは部屋にいる時などに言えばよいのに」と言って笑うと、(中宮様は、)「自分でかしこい人だと思っている人(惟仲)がほめたのを、そなたが知ったなら、やはりうれしいと思うだろうと思って、報告にきたのであろう」と仰せられる御ようすも、まことにすばらしい。

【語句】
中間なるをり・・・中途半端の時。
なでふこと・・・どんなこと。
いかで・・・なんとかして。
心のどかに・・・ゆっくりと。落ち着いて。
ことごと・・・ほかのこと。
さなむ・・・これこれです。
おのづから・・・たまたま何かのついでに。
端つかた・・・端の方。





上にさぶらふ御猫は(第9段)~上にさぶらふ御猫は~

【冒頭部】
上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて

【現代語訳】
天皇様のおそばにお仕えしている御猫は、五位に叙せられて、その名も「命婦のおとど」と呼んで、とてもかわいらしいので、大事にしておられるが、その御猫が、縁先に出て横になっていた時、おもり役の馬の命婦が、「まあ、お行儀がわるいこと。(こちらへ)おはいりさない」と呼んだが、日が(うららかに)あたっているところに、居眠りをして(動かないので)、それをおどかそうと思って、「翁丸は、どこ。この命婦のおとどを噛みつきなさい」というと、ほんとうかと思って、ばかものの翁丸は走り寄り飛びかかったから、(命婦のおとどは)びっくりしうろたえて、あわてて御簾の中に入ってしまった。
朝餉の間に天皇様がいらっしゃったが、これをご覧になってびっくりなさった。猫の懐においれになって、殿上の侍臣たちをお召しになると、蔵人の忠隆となりなかとが参上したから、「この翁丸をば打ちこらして、犬島へ追放せよ。すぐに」と仰せつけられたので男の子たちが大ぜい集まって犬を、わいわいいって狩り出す。天皇様は馬の命婦をもおとがめになって「おもり役をかえてしまおう。(これでは)まことに気がかりである」とおっしゃったので、(命婦は恐縮して)御前にも出ず謹慎している。犬は狩り出して、滝口の武士などに命じて追放なさってしまった。
「ああ、(いままでは)ひどく身をゆすってえらそうに歩きまわっていたのに。この三月三日(の御節供)には、頭の弁が柳の枝を折ってかずらに挿させ、桃の花をかざしとして挿させ、また桜花を腰に挿させなどしておあるかせになったとき、こんな憂き目をみようとは(まさか)思わなかったであろうに」などと、かわいそうに思う。
「中宮様のお食事のときは、いつも御前に向かってかしこまっていたのに、なにかもの足りなくてさびしいこと」などといって、三、四日たった日のお昼ごろ、犬がとてもひどく泣く声がするので、一体どんな犬がこのようにながながと泣くのであろうかと聞いていると、多くの犬がそのほうへようすを見に行く。

【語句】
さぶらふ・・・伺候する。
かうぶり・・・従五位下に叙せられる。
乳母・・・乳を飲ませるおもり役。ここは猫のおもり役。
いづら・・・どこ。どちら。
しれ者・・・おろか者。馬鹿者。
打ちてうじて・・・うちこらして。
さいなみて・・・叱責して。「さいなむ」は、しかる、むごくあたるの意。
さうざうしう・・・ものたりない、さびしい。





上にさぶらふ御猫は(第9段)~御厠人なる者走り来て~

【冒頭部】
御厠人なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人ふたりして

【現代語訳】
御厠人が走ってきて、「まあ、たいへんです。犬をば、蔵人が二人で打っておいでだ。きっと死ぬにちがいない。追いやられた犬が、帰って来たというので打擲していらっしゃる」という。かわいそうだなあ、翁丸である。「忠隆や、実房などが打っている」というので、とめにやるうちに、やっと泣きやんだが、「死んでしまったので、陣屋の外に捨ててしまいました」というから、かわいそうに思っている、その夕方、ひどく腫れあがり、あきれるほどのひどい姿をした犬でみすぼらしい姿をした犬が、ふるえながらうろついているので、(女房の一人が)「翁丸かな。このごろ、こんな犬があるいているのを見たことがない」というから、「翁丸」と呼んでみるが見向きもしない。「翁丸だ」ともいい、また「そうではない」ともめいめい口々に申すので、(中宮様は)「右近がよく見知っているにちがいない。呼びなさい」とお召しになると、右近が参上した。「これは翁丸であるか」とお見せになる。(右近は)「似ておりますが、この犬はあまりにも醜く気味がわるい感じでございます。それに『翁丸か』と名さえ呼ぶと、喜んでやって参りますのに、(これは)呼んでも寄って来ませぬ。どうも違うようでございます。(忠隆らは)翁丸を『打ち殺して捨ててしまいました』と(たしかに)申しました。二人もかかって打ちましたなら、どうして生きておられましょうか」などと申し上げるので、(中宮様は)かわいそうなことだとおぼしめされる。

【語句】
あな、いみじ・・・ああ、たいへんだ。「いみじ」は、ものごとのはなはだしい状態。
てうじ給ふ・・・こらしめていらっしゃる。
あらず・・・いいえ。
ゆゆしげに・・・あまりにも気味の悪いようすで。
まうで来る・・・やってくる。





上にさぶらふ御猫は(第9段)~暗うなりて、もの食はせたれど~

【冒頭部】
暗うなりて、もの食はせたれど、食はねば

【現代語訳】
暗くなってから食物を与えたけれど、食べないので、これは別の犬だときめてしまった、その翌朝、(中宮様が)御髪をくしけずり、御手水を召されなどして、御鏡を(自分に)お持たせになって、ご覧になるので、おそばに伺候していたが、犬が柱のもとにうずくまっているのを見やって、「ああ、昨日は翁丸をひどく打ったこと。とうとう死んだというが、ほんとにかわいそうなことである。こんどはなに(の身)に生まれかわったことであろうか。(それにしても)どんなにつらい気持ちだったろう」と独り言のように言うと、このうずくまっていた犬が身をぶるぶるとふるわせて、涙をしきりに落とすので、まったく驚いたことである。さては、この犬はやはり翁丸だったんだなあ。昨夜は遠慮して素性を隠していたのだなあと、そのいじらしさに胸をうたれると同時に、感興深いことこの上ない。
御鏡をその場において、「では、翁丸だったの」というと、ひれ伏してはげしく泣く。中宮様もびっくりして、たいへんお笑いになる。右近の内侍を召して、「これこれ、しかじかである」と仰せられると、みなわいわい笑いさわぐのを、天皇様にも、お聞きなされて、(こちらへ)おわたりになった。「驚いたことで…犬などにも、このような心のあるもの」とお笑いになる。天皇様付きの女房などもこのことを聞いて、(こちらへ)参り集まって、呼ぶにも、いまはもう立ち動く。「まだこの顔などが腫れていること、なにかお薬をつけてやりましょう」と私がいうと、(そばの女房たちが)「とうとう翁丸をかわいがる気持ちを言い表したわね」などと笑ったが、蔵人の忠隆がこれを聞いて、台盤所の方から「まことでございましょうか。その犬(翁丸)が見たいものです」といっ(て来)たので、「まあ、縁起がわるい。そうようなものは決しておりませぬ」といわせたところ、「そうお隠しになっても、いつか見つけるときもございましょう。そういつまでもお隠しおおせにはなれますまい」という。
さて、(その後、)おとがめもゆるされて、もとのように宮中に飼われる身となった。それにしても(わたしに)同情のことばをかけられて、身をふるわせて泣き出したときのことは、なんともいいようもないほど、おもしろくもあり、かわいそうでもあった。人間などこそ、他の人から同情のことばをかけられると泣きなどはしようが。(まさか犬がねえ―。)

【語句】
あらぬもの・・・ちがうもの。
御手水・・・お手や顔を洗い清めること。
まゐりて・・・なさって。
いとあさまし・・・まったく意外で驚いた。「あさまし」は、あきれるほどにびっくりする気持ち。
さは・・・さては。
かくなむ・・・これこれである。
笑ひののしるを・・・笑いさわぐのを。「ののしる」は、大声をあげて騒ぐこと。
うへにも・・・天皇様も。
あな、ゆゆし・・・まあ、縁起が悪い。
さりとも・・・さありとも。
さのみも・・・そうばかりも。
かしこまり・・・おとがめ。





すさまじきもの(第25段)

【冒頭部】
すさまじきもの。昼ほゆる犬。春の網代。

【現代語訳】
不調和で興ざめなもの。昼ほえる犬。春まで残っている網代。三、四月ごろの紅梅襲の衣服。牛の死んでしまった牛飼い。赤ん坊が亡くなってしまった産室。火をおこさない角火鉢、いろり。博士がひき続いて女子を生ませたこと。方違えに行った時に、もてなしをしてくれない所。まして節分の(方違えの)折などに(もてなさないの)は、とても興ざめだ。都以外の地方から送ってきた手紙で、添えてある品物のない手紙。都からの手紙でも(品物を添えていないのは)、地方では興ざめと思っているだろうけれども、しかしそれは、(地方の人が)知りたいことをいろいろと書き集めてあり、世間の出来事などをも(その手紙で)知るので、たいへんよいのだ。人のところに特別にきれいに書いて(使いに持たせて)送った手紙の返事を、もうきっと持って来そうなものだ、妙に遅いなあと、待つうちに、さきほど持たせた手紙を、それは(正式な)立て文にしろ(略式の)結び文にしろ、たいへん汚らしく扱い、(紙を)けばだたせて、(封じ目として)上に引いてあった墨なども消えて、(使いの者が)「(先方は)おいでになりませんでした。」とか、あるいは「物忌みだと言って受け取りません。」とか言って、持って帰ってきたのは、ほんとうに情けなく、興ざめである。

【語句】
あるじせ・・・饗応する・客をもてなす。
人の国・・・都以外の地方の意。
ゆかし・・・見たい・知りたい。
わざと・・・とりわけ・ことさらに。
ありつる・・・さっきの・前述の。
ふくだむ・・・髪や紙をけばだたせ、ぼさぼさにすることの意。
わびし・・・①心細い・寂しい・つらい。②つまらない。③貧しい・みずぼらしい。ここは①。





にくきもの(第28段)~にくきもの~

【冒頭部】
にくきもの急ぐことあるをりに来て長言するまらうど。

【現代語訳】
にくらしいもの、急用のあるときに来て長話をする客。いいかげんにあしらってよい人であったら、「あとで(また)」などといって追いかえすこともできようけれども、やはり気のおけるりっぱな人である場合は、(そうもいえないので)まことににくらしくおもしろくない。
硯の中に髪の毛が入ってすられたのも(にくらしい)。また墨の中に石が入って、(墨をすると、)ぎしぎしと音を立てるのも(にくらしい)。
急病人ができたので、験者を呼びにやると、いつもいるところにはいないので、(使いの者が)ほかをたずねまわっている間、まことに待ち遠しく長い時間のように感じられるが、やっと待ち迎え、喜びながら加持祈祷させたところが、近ごろもののけの調伏に関係して疲れているためであろうか、その座にすわるや否やすぐ(読経も)ねむり声になるのは、ほんとうににくらしい。

【語句】
長言するまらうど・・・長話をする客
あなづりやすき・・・軽く扱ってもよい
やりつべけれど・・・返してしまうこともできるが
さすがに・・・そうはいうもののやはり
心恥づかしき人・・・気のおけるりっぱな人
むつかし・・・不快である。おもしろくない、見苦しい、気味が悪い
験者・・・修行して秘法を身につけ、祈りによって、病気を直したり、悪魔を退散させたりする人
からうじて・・・やっとのことで。ようやく。
待ちつけて・・・待ち迎えて
加持・・・祈ることによって仏力を信者に加え持たせること。祈りによって病気を治させること。
もののけ・・・人に取りついてたたりをする死霊・生霊。怨霊。また、それが乗り移ること。
因じにけるにや・・・疲れてしまったのであろうか
ゐるままに・・・すわるとただちに





にくきもの(第28段)~なでふことなき人の~

【冒頭部】
なでふことなき人の、笑がちにてものいたう言ひたる。

【現代語訳】
これという特にすぐれた点もない、つまらない人が、にやにやと笑い笑い、むやみに(得意げに)しゃべりまくっている(ことや、)まる火鉢の火やいろりなどに、手の平を裏がえしたり、表がえしたりしてあぶっている者(もにくい)。いつ若々しい人などがそんな見苦しいことをしたであろうか。年寄りじみた者にかぎって火鉢の縁に(手どころか)足までも持ちあげて、なにか言い言いこすったりなどもするようだ。そういう無作法な者は、人のところにやって来て、これからすわろうとする所を、まず扇でもってあちこちぱたぱたあおぎちらして、塵をはきすて、きちんと落ち着いてすわってもいず、ふらふらして狩衣の前の垂れを膝の下にまき入れなどもしているのだろう。こうした行儀の悪いことをするのは、いうに足らぬ分際の者かと思っていたけれども、少しはましな身分の者で、式部の大夫などといった人がそうしたのである。
また酒を飲んでわめき、口の中をさぐり、ひげのある男はそれをなでて、盃を他人にさす時の様子は、ひどくにくらしいと見える。また「飲め」と言うのであろう。身ぶるいをしたり、頭をふったり、(デレッとだらしなく)□わきまでたらして、(ちょうど)子供が「こふ殿に参りて」などをうたう時のようなふうをする。そんなことも、本当に身分も教養もあるりっぱな人がなさったのを見たので、気にくわないと思うのだ。

【語句】
なでふことなき人・・・何ということもない人
ものいたう言ひたる・・・むやみにしゃべりまくっている
火桶・・・持ち運びができる丸い火鉢
炭櫃・・・居間に据えられた火鉢。いろり。
いつか……さはしたりし・・・いつ……そんなことをしただろうか、決してそんなことはしなかった
足をさへもたげて・・・足まで持ちあげて
おしすりなどはすらめ・・・こすったりなどもするようだ
ゐもさだまらずひろめきて・・・きちんと落ちついてすわってもいず、ふらふらして。
いふかひなき者・・・言っても仕方のないような人間。つまらない下賎の者。
きは・・・身分、分際
よろし・・・まあまあだ、かなり結構だ、平凡だ
あめき・・・わめき
口をさぐり・・・口をいじる動作
異人・・・他の人
口わきをさへひきたれて・・・口わきまでデレッとたらして
心づきなし・・・気にくわない。おもしろくない。





にくきもの(第28段)~物うらやみし~

【冒頭部】
物うらやみし、身のうへなげき、人のうへいひ、つゆちりのこともゆかしがり、

【現代語訳】
やたらにうらやましがり、自分の身の上を嘆き、他人のことを中傷し、ほんのちょっとしたことも知りたがり、聞きたがって、それを知らせてくれないことを恨み、非難し、また、すこしばかり聞きかじったことを、自分が以前から知っていたことのように、他人にも話のつじつまを合わせて語るのもたいへんにくらしい。
話を聞こうと思う時に泣き出す赤ん坊。からすが群れをなして飛びちがい、やかましく鳴いているのも(にくい)。
眠いと思って横になっている時に、蚊がかすかな声でぶーんと飛んできて、顔のあたりを飛びまわる。羽風までが分相応であるのがしゃくにさわる。
ぎいぎいと音をたてる車に乗って歩く者。耳も聞こえないのであろうかとたいへんにくい。自分が乗っている場合は、その車の持主までがにくい。

【語句】
人のうへ・・・他人の身の上についてのうわさや批判。
つゆちりのこと・・・ほんのちょっとしたことのたとえ
ゆかしがる・・・見たがる、聞きたがる、知りたがる
怨じ・・・うらみ。いやみを言う
そしり・・・悪口を言う
こと人・・・他人
かたりしらぶる・・・話のつじつまを合わせて語る
さめき・・・ざわめき。ざわざわと音をたてる。
わびしげに・・・かすかなようすで。もの憂いようすで。悩ましげに。
身のほどにある・・・身分相応である。小さい身にふさわしい。
きしめく・・・ぎいぎいと音をたてる。キイキイときしり鳴る。





にくきもの(第28段)~また、物語するに~

【冒頭部】
また、物語するに、さし出でしてわれひとりさいまくる者。

【現代語訳】
また、話などをするときに、出しゃばって自分だけ先走りして、その話の腰をおる者。大体、出しゃばりは、子どもでもおとなでも、たいへん憎らしい。ちょっと遊びに来た子どもに目をかけてやり、かわいがって、おもしろい物をやったりすると、それになれて絶えずやって来、部屋にすわりこんで、(そこらにおいてある)手まわりの道具を散らかしてしまうのは、まったく憎らしい。
自分の家ででも、また宮仕え所でも、あわないですませるものならすませたいと思う人がやって来たので、たぬき寝入りをしているのを、自分のもとにいる召使が起こしに寄って来て、寝坊だなあと思う顔つきでゆすぶり起こしたのは、まことに憎らしい。新参者が古参の人をさしこえて、なんでも知っているような顔で指図がましいことをいい、世話をやいているのも、ほんとうに憎らしい。
自分がいま関係している男が、以前めんどうをみていた女のことをほめて話し出したりするのも、――それはすでに昔のことなのだけれどやはり憎く思われる。まして、いま関係している人だったらそれこそどんなであろうと思いやられる。もっとも、かえってかならずしもそうでないこともあるかもしれませんよ。
くしゃみをしておまじないをとなえるの(は憎い)。大体、一家の男主人以外の人が、高く無遠慮なくしゃみをしたのは、実に憎い。
蚤も、たいへんにくい。着物の下ではねまわって、着物をもちあげようとさえする。犬が声をそろえて長々とほえたてているのも、なんだか不吉な感じまでして憎らしい。
(戸でも、襖でもそれを)あけておいて、出入りのところをしめない人も、たいへん憎い。

【語句】
さし出でして・・・出しゃばって
さいまくる・・・先走って話を横どりする
あからさまに・・・ちょっと。ひょっこり。
見入れ・・・目にかけ
らうたがりて・・・かわいがって
ならひて・・・なれて
ゐ入りて・・・部屋に入りすわりこんで
調度・・・手回り品。手道具
あはでありなん・・・あわないですませたい
わがもとにあるもの・・・召使い。自分のもとで使われている者
いぎたなし・・・寝坊である
いままゐり・・・新参者
さしこえて・・・古参の者たちをさしこえての意。出しゃばるようす
をしへやうなる・・・さしずがましい。教えるとでもいうようなようすである。
後見る・・・世話する、めんどうをみる、補佐する。
しる人・・・夫、妻、恋人
はやう・・・以前
見し女・・・世話をした女。つまり、妻や恋人
さしあたりたらんこそ・・・現在のことであるような場合は
なかなか・・・かえって。むしろ。
はなひて誦文する・・・くしゃみをしてまじないの文句を唱える
をとこ主・・・男主人
犬のもろ声に……・・・犬が声を合わせて長々と吠え立てたのは
まがまがしく・・・不吉で。縁起が悪く。





木の花は(第37段)~木の花は~

【冒頭部】
木の花はこきもうすきも紅梅。

【現代語訳】
木の花でよいのは、(色が)濃いのも薄いのも、紅梅。桜は、花びらが大きく、葉の色が濃いのが、技が細くて咲いている(のが、たいへん美しい)。藤の花は、しだれた花ぶさが長くて、色が濃く咲いている(のが)、たいそうよい。
四月の月末や、五月の月初めごろに、橘の葉が、色濃く青いのに、花がたいそう白く咲いているのが、雨が降った早朝などは、この上もなく趣のあるようすで美しく思われる。花の中から、(実が)黄金の玉かと(思われるように)見えて、たいそうあざやかに見えているようすなどは、朝露にぬれた夜明け方の桜(の美しさ)に劣らない。(橘は)ほととぎすの寄り所とまで思うからか、なお、いっそうにいうまでもなくすばらしい。

【語句】
木の花は・・・多くの木々の花の中で、すぐれてめでたい花は
しなひ・・・垂れ下がった花房
めでたし・・・愛すべきだ、賞すべきだ、けっこうだ、すばらしい
つごもり・ついたち・・・月ずえ、月はじめ
ころほひ・・・ころ。時分。
橘・・・こうじみかん
世になう・・・この上もなく
心あるさまに・・・趣のある様子で
あさぼらけ・・・朝ほのぼのと空が明けてゆくころ
ほととぎすのよすがとさへおもへばにや・・・ほととぎすの寄り所だとまでも思うからであろうか
いふべうもあらず・・・当然のことながら、あれこれいうまでもないほどおもしろい





木の花は(第37段)~梨の花~

【冒頭部】
梨の花、よにすさまじきものにして、

【現代語訳】
梨の花は、たいそうおもしろみのないもので、身近なものとしては扱わず、ちょっとした手紙を結びつけることなんかさえしない。愛らしさのない人の顔などを見ては、(「梨の花のようだ」と)たとえにいうのも、なるほど、その葉の色からはじめて、あじけなく見えるが、中国では(この花を)この上ないものとして詩にも作る(というので)、やはりそうではあっても、それだけの理由があるのだろうと、しいて注意して見ると、花びらの端に美しいほんのりした色が、あるかないかの程度についているようだ。楊貴妃が(玄宗)皇帝のお使いにあって泣いたという顔に見たてて、「ひと技の梨の花が、春、雨にぬれている」などといっているのは、(梨の花に寄せる気持ちも)なみたいていのことではあるまいと思うにつけて、なおこの上もなくすばらしいことは、ほかに比べるものがあるまいと思われたのである。
桐の木の花は、紫色に咲いているのはやはり趣深く思われるのに、葉の(大きく)広がっているようすは、いやにおおげさであるけれども、ほかの木などとは同じように言うこともできない。中国で(鳳凰という)ぎょうさんな名がついている鳥が、(特に)選んで、この桐の木ばかりに(止まって)いると聞くのはこの上もなく格別な気持ちがすることである。まして、琴に作って、いろいろな(よい)音が出てくることなどは、趣深いなどとは世間並みにほめることはできないことで、この上もなくすばらしい。
木のようすはぶかっこうであるけれど、棟の花は、たいそう趣深い。枯れそうに風変わりに咲いて(いて)、必ず五月五日(の節句)に合う(ように咲く)のも感じ深い。

【語句】
よに・・・実に。たいへん
ちかう・・・身近に
はかなき文・・・ちょっとした手紙
愛敬おくれたる人・・・愛らしさのない人
あいなく・・・おもしろみなく
もろこし・・・唐土。中国。
限りなきもの・・・この上もなくよいもの
ふみ・・・漢詩文
さりとも・・・そのようであっても
やうあらむ・・・理由があるであろう
せめて見れば・・・よくよく見ると。目を近づけてみると。
をかしき匂ひ・・・美しい色
心もとなう・・・ほんのすこし。気がかりなほど。
つきためれ・・・ついているようだ
おぼろげならじと思ふに・・・並みたいていのことではないと思うにつけても
ひろごりざま・・・広がった様子
うたてこちたけれど・・・いやにおおげさであるけれど
こと木・・・他の(種類)の木
ことごとしき・・・大げさな、ぎょうさんな
名つきたる鳥・・・鳳凰のこと
えりて・・・選んで。好んで。
ゐるらん・・・木にとまるという
心ことなり・・・格別な感じがする
世のつねにいふべくやはある・・・世間なみの形容でどうして評せられようか
棟の花・・・せんだん
かれがれに・・・枯れたようなようすで
さまことに・・・風変わりに









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