徒然草(第56段~第109段)




久しくへだたりて逢ひたる人の(第56段)

【冒頭部】
久しくへだたりて逢ひたる人の、わが方にありつる事

【現代語訳】
長い間離れていて、(久しぶりに)会った人が、自分のほうにあったことをいろいろと残らず話しつづけるのは実におもしろくもない。(なんの)へだてもなくなれ親しんできている人でも、時間がたって会うのは気づまりではなかろうか、いや、気づまりなものである。二流の人は、ほんのちょっと出かけても、(もどって来てから)「きょうあったことは」といって息つくひまもないほどにおもしろがって話すものであるよ。一流の人が話をするのは、人々がたくさんいても、(一座の中の、ある)一人に向かっていうのを、自然に他人も聞くのである。無教養な人は、だれ(に向かって)ということもなく、たくさんの人の中に身をのり出して、まるで(今)見ていることのように(わざとらしく)話すので、みなはいっせいに大声で笑い騒ぐが、たいへんさわがしいことだ。おもしろいことをいっても、たいしておもしろがらないことと、おもしろくないことをいってもよく笑うこととによって、(その)がらの程度がおのずと推測されるに違いないのだ。(人々が)人の容姿のよしあし(のことを)あるいは学問のある人は、その学問のことなどを批評しあっている時に、自分自身のこと(まで)引きあいに出して話し出しているのは実にやりきれないことだ。

【語句】
かずかずに・・・いろいろと。あれこれと。
あいなけれ・・・いやなものだ。「あいなし」は、①かわいげがない。②つまらない。③わけもない。ここは②。
あからさまに・・・ほんのちょっと。①にわかに。②ちょっと。ここは②。
よき人・・・一流の人。
らうがはし・・・さわがしい。①混乱している。②混雑している。③さわがしい。ここは③。
いたく・・・ひどく。
わびし・・・①心ぼそい。②つらい。③閉口するさま。④貧しい。ここは③。





大事を思ひ立たん人は(第59段)

【冒頭部】
大事を思ひ立たん人は、さりがたく、心にかからん事の本意をとげずして、

【現代語訳】
(出家修行して悟りを開くという)一大事を思いたつような人は、避けにくく、心にかかるようなこと(について)のもとからの望みをなしとげないで、そのままいっさい捨ててしまうべきである。「もうしばらく、このことが終わってしまって。」「同じことなら、あのことを処理しておいて」「何々のことは、人の潮笑があるかもしれない。非難のないようにきちんと整理をつけて」「長年の間こうしてやってきたのであるから、そのことのしあがるのを待つようなことは、どれほどの時間も要しまい。気ぜわしくないように」などと、思うような場合には、避けることのできないことばかりがますます重なって、俗事のなくなる際限もなく、(大事)を思いたつ日もあるはずがない。およそ、(世間の)人を見ると、少々ものの道理を心得ている程度の人は、みなこの予定で一生を過ごすようである。
近火などで逃げる人は、「しばらく(このことが終るまで)」と言おうか、言いはしない。自分の身を助けようとすれば、恥をもかまわず、財産をもすてて逃げ去るものである。人の生命は、(待ってくれといったところで)人を待つものか、待つものではない。死の迫って来ることは、水や火がおそいかかるよりも早く、のがれられないものなのに、その死がやってきた時に、年老いた親、幼い子、君の恩、人の情愛を、捨てにくいといって、捨てないでおられようか、捨てないではおられない。

【語句】
大事・・・出家修行をして悟りをひらくこと。仏教語。「一大事」の略。
さりがたく・・・避けにくい。「さりがたし」は、①離れにくい(去りがたし)、②避けにくい、よんどころない(避りがたし)、の意がある。
本意・・・本来の意志。もとからの望み。
さながら・・・そのまま。
沙汰しおきて・・・処理しておいて。「沙汰」は、①処置、②評議、③仰せ、④評判。ここは①。
しかしかの事・・・何々の事。
難なく・・・非難がないように。
したためまうけて・・・きちんと整理をつけて。
年ごろもあればこそあれ・・・長年の間こうしてやって来たのであるから。
その事待たん・・・そのことのしあがるのを待つようなことは。
ほどあらじ・・・どれほどの時間でもあるまい。
物騒がしからぬやうに・・・気ぜわしくないように(しよう)。
思はんには・・・思うような場合には。
えさらぬ事・・・避けることのできないこと。
いとど・・・ますます。
おほやう・・・だいたい。およそ。
すこし心あるきは・・・少々ものの道理をわきまえる程度の人。「きは」は、①限度、②あたり、③程度、④身分、⑤才能。ここは③。
あらまし・・・予定。期待。
一期・・・一生。仏教語。
財・・・財産。
待つものかは・・・待つものか、待つものではない。
無常・・・永久不変でないこと。転じて人生のはかないこと、または人の死をいう。ここは死。
攻むる・・・おそいかかる。
いときなき子・・・幼い子。「いときなし」は「いとけなし」と同じで「幼い」。
人の情・・・人の情愛
捨てざらんや・・・捨てないでいるだろうか、捨てないではいられないだろう。





名を聞くより(第71段)

【冒頭部】
名を聞くより、やがて面影は推しはからるる心地するを、見る時は、

【現代語訳】
名を聞くとすぐに、そのまま(その人の)顔つきは自然と推測される心地がするのだが、(実際にその人を)見る時は、また、かねがね予想していたとおりの顔をしている人はないものである。昔の物語を聞いても、(その物語に出てくる家のあった所は)今いる人の家のそこらあたりであったろうかと思い、(作中の)人物も、いま現に見る(実在の)人の中に自然と思いあわせられるのは、(自分だけではなく、)だれでも、こう感じるのであろうか。
また、どういう折であったろうか、いま現に人の言うことも、目に見えることも、自分の心のうちも、こうしたことが、いつだったかあったのか(どうなのかな)と感じて、いつとは思い出せないけれども、たしかにあった心地がするのは、私だけがこう思うのであろうか。

【語句】
名を聞くより・・・名を聞くとすぐに。
やがて・・・すぐに。そのまま。
面影・・・①顔つき、②推しはかられる顔つき、③幻影。ここは②。
見る時は・・・(実際にその人を)見る時は。
かねて思ひつるままの顔・・・かねがね予想していたとおりの顔。「かねて」は「前もって」。
人も、今見る人の中に・・・(昔の物語中の)人物も、今現に見る(実在の)人の中に。
思ひよそへらるるは・・・自然と思いあわせられるのは。
覚ゆるにや・・・思うのであろうか。
いかなる折ぞ・・・どういうおりであったか。
いつぞやありしか・・・いつだったかあったのかな、はたしてどうかな。
思ふにや・・・感じるであろうか。





世に語り伝ふる事(第73段)

【冒頭部】
世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、

【現代語訳】
世の中に語り伝えることは、事実の話というものはおもしろくないのであろうか、多くはみなうその話である。人間というものは、ものを事実以上に(誇張し)つくろっていうものであるのに、まして年月がたち、場所も遠く離れてしまうと、いいたいほうだいに、こしらえごとを話して、文章にも書きとめてしまうと、すぐそのまま事実のように定まってしまう。学問芸能などの道の達人のすばらしいことなど、無教養な人で、その道を知らない人は、わけもなしに神様のようにいうけれども、その道を知っている人は、まったく信用もしない。うわさに聞く時と、(実際に)見る時とは、なにごとも変わるものである。
(話す)かたはしから、うそがばれるのをもかまわずに、口から出まかせにいいちらすのは、すぐに根拠のないこととわかる。また、自分もほんとうらしくなくは思いながら、他人のいったとおりに、(得意げに)鼻のあたりをぴくつかせていうのは、その人の作ったうそではない。いかにも真実らしく、所々をちょっとぼかして、よく知らないようなふりをして、それでいて、はしばしを(ちゃんと)合わせて語るうそは、恐ろしいことである。自分にとって名誉のあるように言われたうそは、人は大して抗弁しない。聞く人がみなおもしろがるうそは、(自分)ひとりが、「そうでもなかったのになあ」というようなのも、しようがなくて、聞いているうちに、証人にまでされて、(そのうそが)ますます事実のようにきまってしまうようである。
とにかく、うその多い世の中である。(うそに対処する方法は)ただ、いつもある珍しくないことのとおりに心得ているようなのが、万事間違いがないはずである。教養のない人の話は、聞いてびっくりするようなことばかりがある。(これに反して)教養ある人は不可思議なことを語らない。
こうはいったところで、仏や神の霊験、神仏の生まれかわりの人の伝記は、そう信じてはならないはずのものだけでもない。この(仏神、権者の話は)、一般世間のうそを心底から信じているのもばかばかしく、「まさかそうでもあるまい」などというのもしようがないので、だいたいのところはほんとうらしくあしらって、むやみに信用せず、また疑い嘲笑するべきではない。

【語句】
まこと・・・真実のこと。
あいなきにや・・・おもしろくないのであろうか。「あいなし」は、①愛想がない。②つまらない。③なんということもない。ここは①。
そらごと・・・根拠のない話。うそ。
やがて・・・そのまま。すぐに。
いみじき事・・・りっぱなこと。
そぞろに・・・わけもなしに。
浮きたること・・・根拠のないこと。
おごめきて・・・びくつかせて。
げにげにしく・・・真実らしく。
よし・・・ここは、そぶり、ようす。
さりながら・・・しかしながら。
つまづま・・・はしばし。
せんなくて・・・しょうがなくて。
あやしき事・・・不思議なこと。
ねんごろに・・・心底から。
あひしらひて・・・あしらって。





蟻のごとくに集まりて(第74段)

【冒頭部】
蟻のごとくに集まりて、東西に急ぎ、南北にわしる

【現代語訳】
(世間をみわたすと、人々は)蟻のように(多く)集まって、東へ(あるいは)西へと急ぎ、南(あるいは)北へと走る。(その人々たちの中には身分の)高い者もいるし、低い者もいる。(それぞれ)行くところがあるし、帰る家がある。夜には寝て、朝には起きる。(かれらが)努力しているのはいったい何ごとなのか。(かれらがしていることは、いわば)生命に執着し、利益を求めて終わる時がない(ことなのだ)。
自分(一人)を養って、何事を期待するのか、何も期待できないのだ。(人々が)期待すること(の真の姿)は、ただ老いと死(の二つだけ)である。(老・死の)やってくることはすみやかで、瞬時もとまらない。老と死を待つ間に何の楽しみがあるだろうか、ありはしないのだ。(だが)迷っている者は老と死を恐れない。(それは)名誉や利欲に心を奪われて、死の近いことを反省しないからである。愚かな人は、また(前とは逆に)老と死とを悲しむ。(それは、現実の人生が)永久に続くようなことと思って(万物の)変化するという道理を知らないからである。

【語句】
いとなむ・・・努力する。「いとなむ」は①つとめてする。②作る。用意する。ここは①。
むさぼり・・・執着して。
ことわり・・・道理。理法。





つれづれわぶる人は(第75段)

【冒頭部】
つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるるかたなく

【現代語訳】
これといってすることもなく、たいくつなのをつらく思う人はどういう気持ちなのだろう。他に心がひかれることなくただひとりでいるのがよいのだ。
俗世間の習慣にしたがえば、(自分のほんとうの)心は、外界の刺激に奪われて、まよいやすく、他人と交際すると、(自分のいいたい)言葉も他人の考えにしたがって、まるで(自分自身の)心ではない(ようだ)。(あるいは)人とふざけたり、人と争ったりして、ある時は恨み、ある時は喜ぶ。その(する)ことが一定していない。(また)利害損得についての思慮判断がむやみに起こって、(そのため、おたがいの間に)利害に関する問題がたえる時がない。(こうしたことは、結局)まよっている上に酔っているのだ。(さらに)酔いの中で夢を見ているのである。走りまわっていそがしがり、気持ちがぼやけてわれを忘れているのは、どの人もみなこんなものなのである。
まだ真実の仏道を知らなくても、俗世間との関係を離れて(自分の)身をやすませ、俗事に関係しないで(自分の)心を安らかにするようなことこそ、しばらくでも(人生を)楽しむ(ことである)と言うことができるにちがいない。「生計・社交・芸能・学問などとのもろもろの関係をやめよ」と、摩訶止観という本にも書いてあります。

【語句】
わぶる・・・つらく思う。「わぶ」は、①思いなやむ。②悲しく思う。③つらく思う。④落ちぶれる。ここは③。
まぎる・・・①見分けにくい。②入りまじる。③他のものに心ひかれる。ここでは③。
さながら・・・まるで。
ほれて・・・気持ちがぼやけて。「ほる」は①ぼんやりする。②恋慕する。ここは①。
あづからずして・・・関係しないで。





ある者、小野道風の書ける(第88段)

【冒頭部】
ある者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて

【現代語訳】
ある者が小野道風の書いた「和漢朗詠集」だといって持っていたものを、別のある人が「(道風が書いたという、前々からの)お受け伝えは、根拠のないことではございますまいが、四条大納言がご編集なされたものを、(その時には、とっくに死んでしまっている)道風が書くというようなことでは、時代がくい違っていませんでしょうか。不審でございます」といったところが、(その所有者は)「そうですから、(それは)とても珍しいものなのですよ」といって、ますますだいじにしまっておいたということだ。

【語句】
相伝・・・お受けつぎ。
浮ける事・・・根拠のないこと。
おぼつかなくこそ・・・不審であります。「おぼつかなし」は①はっきりみえないさま。②不安だ。③疑わしい。④待ち遠しい。ここは③。
ありがたき・・・めったにない。珍しい。





奥山に、猫またと言ふものありて(第89段)

【冒頭部】
「奥山に猫またと言ふものありて、人を食ふなる」

【現代語訳】
「奥山に猫またというものがいて、人を食うそうだ」とある人が言ったところ、「山でないとしても、このあたりにも(ふつうの)猫がだんだん年をとって、猫またになり、人を取ることはあるそうだよ」という者があったのを、何とか阿弥陀仏とかいった、連歌を(職業と)していた僧で、行願寺付近にいた僧が聞いて、一人歩きするような身の自分は注意しなければならないことだと思っていたちょうどそのころ、あるところで、夜のふけるまで連歌(の会)をして、ただひとりで帰った時に、小川のふちで、うわさに聞いた猫またがまっすぐに足もとへすっと寄って来て、いきなり飛びつくと同時に、首のあたりを食おうとするのである。(その僧は)びっくりして防ごうとするにも力も(ぬけて)なく、足も立たず、小川へころげこんで、「助けてくれ、猫まただ、猫まただよ、猫まただよ」と叫ぶと、家々から、(人々が)いくつもたいまつをともして走り寄ってみると、このへんで顔見知りの僧である。「これはどうしたことです」といって、川の中からだき起こしたところ、(その僧が)連歌の(会での)賞品として取って、扇や小箱などふところに持っていたのも、水の中に落ちてしまった。不思議にも助かったというようすで、はうようにして家にはいってしまった。
(あとになって判明したのだが、このことは、その僧が)飼っていた犬が、暗いけれど、主人を見わけて、飛びついたということである。

【語句】
奥山・・・奥の方にある山。対語は端山。
猫また・・・猫に似た怪獣。猫のおばけ。
食ふなる・・・食うそうだ。
山ならねども・・・山でないとしても。
猫の経あがりて・・・猫がだんだん年をとって。「経あがる」は①成りあがる、②年を経た結果、正体が変化する。ここは②。
あなるものを・・・あるということなのだ。
何阿弥陀仏とかや・・・ある阿弥陀仏とかいった。
連歌しける法師の・・・連歌を(職業と)していた僧で。
行願寺・・・京都市中京区寺町通り竹屋町北にある寺。
ありけるが・・・いた法師が。
心すべきことにこそ・・・注意しなければならないことであるよ。
小川・・・川の名。
音に聞きし・・・うわさに聞いた。
あやまたず・・・まっすぐに。
やがて・・・すぐに。そのまま。
かきつくままに・・・飛びつく同時に。
こはいかに・・・これはどうしたのか。
連歌の賭物・・・連歌の会で、好成績で得た賞品。「賭物」は勝負・遊戯にかける品物。
希有にして・・・めったにない。不思議にも。
はふはふ・・・はいながら。はうようにして。やっと歩くさま。
とぞ・・・ということである。





ある人、弓射る事を習ふに(第92段)

【冒頭部】
ある人、弓射る事を習ふに、諸矢をたばさみて的にむかふ。

【現代語訳】
ある人が弓が射ることを習う時に、二本の矢を持って手に持って的に向かった。(すると)その先生がいうには、「初歩の者は、二本の矢を持ってはならない。(なぜなら)二本目の矢をあてにして、一本目の矢(を射ること)にいいかげんな気持ちが生ずる。(だから、的に向かう)たびごとに、(一本目であたらなければ、二本目であてればよいといった、あたりはずれの)利得と損失とを(計算する気持ちを)まったく持たず、この一本の矢で決めようと思え」という。たった二本の矢(なのだし、しかも)、先生の前で、その一本を(射ることを)いいかげんにしようと思うだろうか、思いはしない。なまけ心は、自分が意識しないといっても、先生にはそれがわかるのだ。この(先生の)教訓は、すべてのことに通ずるにちがいない。
道を修めようとする人は、夕方には、明朝があるようなことを思い、(その)朝には(また)夕方があるようなことを思って、もう一度、十二分に修めようということを心に思い定める。(そんなのんびりしたことでは、)どうしてほんの一瞬間の中にも、なまけ心が生ずることを知ろうか、知るわけはない。なんと、現在の一瞬間においてすぐさまものごとを行うことが、むずかしいことだろうか。

【語句】
諸矢・・・二本の矢。
たばさみ・・・手の指にはさんで持つ。
いはく・・・いうこと。
なほざりの心・・・粗末にする気持ち。いいかげんにする気持ち。
得失なく・・・利得と損失とを(計算する気持ちを)持たず。「得失」は、ここはあたりはずれの考え。
おろかにせんと思はんや・・・いいかげんにしようと思うだろうか、いや思いはしない。
懈怠の心・・・なまけ心。
言へども・・・いっても。
道・・・「徒然草」中では、ふつう仏道をさすが、ここではそれもふくめて学問や芸能の道をさす。
学する・・・修める。修行する。
かさねて・・・もう一度、再び。
ねんごろに・・・十二分に。
修せん・・・修めよう。
一刹那・・・一瞬間。「刹那」は仏教語で、きわめて短い時間。
ただ今の一念・・・現在の一瞬間。





高名の木のぼり(第109段)

【冒頭部】
高名の木のぼりと言ひしをのこ、人をおきてて、

【現代語訳】
有名な木のぼりといわれた男が、人を指図して高い木にのぼらせ、枝を切らせた時に、(高い所で)たいへんあぶなく見えた間は、(なにも)いうこともなく、(枝を切り終わって人が)おりる時に、軒の高さほどになって、「しくじるなよ。注意しておりよ」とことばをかけましたので、(私が)「これくらい(の高さ)になっては、飛びおりたってきっとおりられるだろう。どうしてこんなことをいうのか」と申しましたところ、(有名な木のばりは)「はあ、そのことです。(人は高くて)目がまわり、枝が折れそうに細くあぶない所では自分が恐れていますから、(私は注意を一言も)申しません。しくじりは、(かえって)なんでもない所になって、きっといたすものです」という。(その男は)身分が低いいやしい者だが、(そのことばは)聖人の教えにも一致している。蹴鞠(をやっている時)も、むずかしいところを(うまく)蹴り出して(きりぬけた)後、(もう)なんでもないと思うと、必ず(蹴りそこなって鞠を)落してしまうとか申すようです。

【語句】
高名の・・・有名な。
おきてて・・・指図して。「おきつ」は、①おきてとする、②指図する、③取り扱う。ここは②。
のぼせて・・・のぼらせる。
軒たけ・・・軒の高さ。
心して・・・注意して。
飛びおるともおりなん・・・たとえ飛びおりてもきっとおりるだろう。
申し侍りしかば・・・申しましたので。
その事に候ふ・・・はい、そのことです。
目くるめき・・・目がまわり
おのれが恐れ侍れば・・・自分が恐れていますから。
やすき所・・・かんたんな個所。なんでもない個所。
つかまつる事に候ふ・・・いたすものです。
あやしき・・・身分の低い。「あやし」は①不思議だ、異常だ、疑わしい、②粗末だ、身分が低い。ここは②。
下臈・・・いやしい者。「臈」はもと僧侶の修行をつんだ年数。
聖人のいましめ。・・・知徳のすぐれたりっぱな人の教え。
鞠・・・けまり。まりを蹴る遊戯。
侍るやらん・・・申すようです。
身を治め、国を保たん道・・・人格をみがき、国を治める道。
しかなり・・・そうである。同じである。









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