宇治拾遺物語




児のそら寝~これも今は昔、比叡の山に児ありけり~

【冒頭部】
これも今は昔、比叡の山に児ありけり。僧たち宵のつれづれに

【現代語訳】
これも今は昔の話だが、比叡山延暦寺に一人の稚児がいた。僧たちが、宵の退屈なのにまかせて、「さあ、ぼたもちを作って食べよう。」と言ったのを、この稚児は心だのみに聞いていた。しかし、そうかといって、作り上げるのを待っていて、寝ないようなのも具合が悪いだろうと思って、片隅に寄って寝たふりをして、できてくるのを待っていたところが、どうやらでき上がった様子で、皆ががやがやと騒ぎあっている。
この稚児は、きっと自分を呼び起こしてくれるだろうと思って待っていたところ、一人の僧が、「もしもし、目をお覚ましなさい。」と言うのを、うれしいとは思ったが、ただ一度で返事をするのも、いかにも待っていたのかと思うに違いないと思って、もう一度呼ばれてから返事をしようと、我慢でして寝ているうちに、「おい、お起こし申すな。稚児さんはすっかり寝入ってしまわれたぞ。」という声がしたので、ああ情けないと思って、もう一度起こしてくれよと思いながら寝たままで耳をすましていると、むしゃむしゃとただもう盛んに食う音がしたので、どうしようもなくて、ひどく時がたったあとで、「はい。」と返事をしたところ、僧たちの笑うことは、きりがなかった。

【語句】
し出ださむ・・・つくりあげる。
起せかし・・・起こしてくれよ。
ひしひしと・・・むしゃむしゃと。





袴垂、保昌にあふ事(第一段落)~昔、袴垂とて~

【冒頭部】
昔、袴垂とて、いみじき盗人の大将軍ありけり

【現代語訳】
昔、袴垂といって、並々でない盗人の首領がいた。旧暦十月ごろに、着物が必要だったので、着物を少しせしめようと思って、しかるべき所々をひそかに様子を見て歩きまわったところ、夜中ごろに、人がみな(寝て)すっかり静かになってから、月がぼんやりかすんでいる時に、着物をたくさん着ていた方が、指貫袴の左右の腰の部分の端を(帯に)はさんで、絹の狩衣のような感じのものを着て、ただ一人、笛を吹いて、どんどん行きもせずゆっくりと歩いて行くので、しめしめ、こいつこそ、俺に着物を与えようと思って出て来た人であるようだと思って、走りかかって、着物をはぎ取ろうと思うと、不思議なことになんとなく恐ろしく感じたので、(そのまま)寄り添って、二、三町ほど行くが、(その人は)自分に人がついて(来て)いると思っている様子もない。ますます笛を吹いて行くので、試してみようと思って、足音を高くして走り寄ったが、笛を吹きながら振り返った様子は、襲いかかることができそうにも思われなかったので、走って離れた。

【語句】
さるべき所々・・・それにふさわしい所々。
あやしく・・・不思議なことに。
けしき・・・様子。
試みん・・・やってみよう。





袴垂、保昌にあふ事(第二段落)~かやうにあまたたび~

【冒頭部】
かやうにあまたたび、とざまかうざまにするに

【現代語訳】
このように何度も、あれやこれやとするが、少しほどでも動揺している様子がない。不思議な人だなあと思って、十余町ほど、連れだって行く。そうであるからといって(このままで)いられようか(いや、いられないだろう)と思って、刀を抜いて走りかかった時に、その笛を吹くのがやんで、立ち戻って、「お前は何者か。」と問うので、気もぼうっとなって、自分でもない状態で思わずしゃがみ込んでしまった。さらに、(その人が)「(お前は)いかなる者か。」と問うので、今はたとえ逃げてもよもや逃さないだろうと思われたので、「追いはぎでございます」と言うと、「(名前は)何者か。」と問うので、「通称は袴垂と言われております。」と答えると、「そういう者がいると聞いているぞ。いかにも物騒で、とんでもないやつだなあ」と言って、「いっしょにやって参れ。」とだけ言いかけて、また同じように、笛を吹いて行く。

【語句】
具す・・・つれ立つ。従う。
心失す・・・気が遠くなる。失神する。
危ふげに・・・見るからに危険で。





袴垂、保昌にあふ事(第三段落)~この人のけしき~

【冒頭部】
この人のけしき、今は逃ぐともよも逃がさじ

【現代語訳】
この様子の人は、今はたとえ逃げてもよもや逃がさないだろうと思われたので、鬼に魂を取られたようで、いっしょに行くうちに、(その人の)家に行き着いた。どこかと思うと、摂津の前司保昌という人(の家)であったことだ。(その人は自分の)家の中に呼び入れて、錦の厚い着物一枚をお与えになって、「着物の必要があるような時には、(ここに)参上して申し上げよ。気心もわからないような人に襲いかかって、お前、けがでもするな。」と言ったのは、驚きあきれるほどで、気味が悪く、恐ろしかった。(今思っても)すばらしかった人の様子である。(そのように袴垂は)捕らえられてから(獄中で)語ったことだ。

【語句】
賜りて・・・くださって。
過ち・・・①失敗。②罪。③けが。ここは③。





秦兼久の悪口(第一段落)~今は昔、治部卿通俊卿~

【冒頭部】
今は昔、治部卿通俊卿、『後拾遺』を撰ばれける時

【現代語訳】
今では昔のことだが、治部卿通俊卿が『後拾遺和歌集』をお撰びになった時、秦兼久が、(治部卿の家へ)参上して、「もしかしたら、(自分の)歌が(その『後拾遺和歌集』に)入るかもしれない。」と思って、(状況を)うかがったところ、治部卿が出てきて座って、話をして、「どんな歌を詠んでいるのか。」とおっしゃったので、「これというほどの歌はございません。後三条院がおかくれになってから、円宗寺に参詣いたしましたが、桜の花のつややかな美しさは、昔と変わっていませんでしたので、(こんなふうに)詠ませていただきましたのです。」と言って、
「去年見しに・・・<去年見た木と色も変わらないで(桜の花は)咲いてしまったなあ。花というものは、(自分とは違って)何の物思いもしなかったのだなあ。>と詠ませていただきました。」と言ったので、通俊卿は、「かなりよく詠んでいる。ただし、『けれ』『けり』『ける』などという言葉は、あまり感心できない言葉である。それは、まあ、それとして、『花こそ』という表現は、女の子などの名まえにしたらよいだろう。」と言って、大してお褒めにもならなかったので、(兼久は)言葉少なに(その場を)立って、(通俊卿の家来の)侍たちがいた場所に(立ち寄って)、「ここの殿(治部卿)は、少しも歌のことをご理解なさっていらっしゃらないのだよ。こんな(未熟な)人が撰集(の勅命)をお受けしていらっしゃるのは、あきれはてたことであるなあ。四条大納言は、(その)歌に、
春きてぞ・・・<春が来て(そこで初めて)人も訪れてくることになっていた山里は、桜の花こそが宿の主人のようなものだったなあ。>とお詠みになっていらっしゃるのは、すばらしい歌として世間の評判になって話題にいたしておりますようですよ。その歌に、『人も訪ひける』とあるし、『宿のあるじなりけれ』とあるようですよ。『花こそ』と(私が)詠んでいるのは、その歌と同じ使いようであるのに、どういうわけで、四条大納言の歌はすばらしく、(この)兼久めの歌は悪いのだろうか。このような人が撰集(の勅命)をお受けして撰にお当たりになるのは、あきれはてたことである。」と言って退出してしまった。

【語句】
おのづから・・・ひょっとしたら。もしかしたら。
出でゐて・・・出てきて。座って。
かかる人・・・このような人。





秦兼久の悪口(第二段落)~侍、通俊のもとへ行きて~

【冒頭部】
侍、通俊のもとへ行きて、「兼久こそかうかう申し

【現代語訳】
(通俊の家来の)侍は、通俊の所へ行って、「兼久が、このようなことを申して、出ていきました。」と話したところ、治部卿はうなずいて、「そうだった。そうだった。もう、そのことは言うな。」とおっしゃったということだ。

【語句】
物な言ひそ・・・喋るなよ。





夢買ふ人(第一段落)~昔、備中の国に郡司ありけり~

【冒頭部】
昔、備中の国に郡司ありけり。それが子にひきのまき人

【現代語訳】
昔、備中の国に(ある)郡司がいたのだった。その者の子に、ひきのまき人という者が、いたのだった。まだ成人前であった時、夢を見たので、夢合わせをさせようと思って、夢判断の女の所へ行って、夢合わせをして後、世間話をして過ごしていたところ、人々が数多く声を出してやって来るように聞こえる。国守のご子息のご長男がお越しになるのだった。年齢は十七、八ぐらいの男子でいらっしゃったのだった。性格はわからないが、容貌は美しい。従者を四、五人ほど連れている。「ここが夢判断の女の所か。」と聞くと、お供の侍が、「ここでございます。」といって(こちらへ)向かって来るので、まき人は奥の方の部屋がある所に入って、穴から覗いて見ると、この若君が、お入りになって、「(実は)夢をこれこれと見てしまったのだ。どんな具合であるか。」といって、話して聞かせる。女は、聞いてから、「大変見事な夢である。確実に大臣にまで出世なさるはずです。重ね重ね、素晴らしくご覧になりました。決して、決して、他人にお話しなさいますな。」と申し上げたので、この若者は、うれしそうな顔をして、上着を脱いで、女に与えて、帰った。

【語句】
かたち・・・顔形・容貌。
清げなり・・・美しい。きれいだ。
いみじき・・・すばらしい。





夢買ふ人(第二段落)~その折、まき人部屋より出でて~

【冒頭部】
その折、まき人部屋より出でて、女に言ふやう

【現代語訳】
その時、まき人は、部屋から出て、女に言うことには、「夢には横取りということがあるのである。この若君のお夢を、私にお与え下さい。国守は四年経過してしまうと、必ず帰京してしまう。私は在郷の者であるから、いつまでも長くいるであろうことに加えて、郡司の子であるから、私を大切に考えたほうがよいぞ。」と言うと、女は、「おっしゃるとおりにいたしましょう。それなら、さっき(そこに)いらっしゃった若君と同じようにして、お入りになって、そのお話しになった夢を、少しも食い違うことなくお話し下さい。」と言うので、まき人が喜んで、例の若君が先ほど行ったように、入って来て、夢の話をしたところ、女は同じように(判断して)言う。まき人は、大変うれしいと思って、上着を脱いで与えてから去ってしまった。





夢買ふ人(第三段落)~その後、文を習ひ読みたれば~

【冒頭部】
その後、文を習ひ読みたれば、ただ通りに通りて

【現代語訳】
それから後、漢詩文を学び作ったので、ひたすら上達し、漢学の素養のある人になった。朝廷がお聞きになって、試問なさると、本当に漢学の素養を深く持っていたので、唐の国へ、「学問を十分に修得せよ。」といって、派遣なさったので、長いこと唐の国にいて、種々のことをいろいろと習得して伝えて帰朝してきたので、天皇は、才知に優れたものだとお思いになって、徐々に昇進おさせになって、大臣までにおつかせになってしまったのだった。

【語句】
遣はして・・・派遣なさって。





夢買ふ人(第四段落)~されば、夢取ることは~

【冒頭部】
されば、夢取ることはげにかしこきことなり

【現代語訳】
だから、夢を横取りすることは、本当に恐ろしいことだ。例の夢を取られた備中の国守の子は、官職もないものとして終わってしまったのだった。夢を横取りされなかったとしたら、大臣までもきっと昇進しただろうのに。だから、夢を他人に聞かせてはならないのだと、言い伝えたのだった。









PAGE TOP